ピューマ渡久地先輩

著者:OFFICEK

ピューマ渡久地先輩

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僕は学生の頃、沖縄ボクシング王国を築き上げた故・金城眞吉監督の自宅兼合宿所でボクシングを指導してもらい、そして社会生活に必要な『礼儀・礼節』というものを徹底的に教え込まれてきました。

 

ピューマ渡久地

 

その金城監督は2017年11月16日に、教え子である具志堅用高さんらに見守られながら奥さんの清子さんの待つ天国へと旅立たれました。

僕らは金城眞吉一家という固い絆で先輩・後輩・同期のみんなとつながっています。あの世界タイトルを13回も連続防衛された具志堅さんも先輩にあたります。

本当にキャラの濃いメンバーばかりを集めて(集まった)ボクシング部で自分を磨かせる事に自分の人生を捧げた監督さんでした。

金城監督は僕らが現役の頃によくこうやって話していました。

『お前らの先輩の渡久地、ピューマ渡久地ってのがいてな、あいつは本当にやんちゃだったよ』

あの金城監督が言うぐらいなのでよっぽどだったのでしょう(´・ω・`)

中学の頃から暴れん坊で有名だったらしく、喧嘩っぱやさではナンバーワンだったそうです。

そんな渡久地さんは色んなエピソードがあり、

とても魅力的な先輩だと思います。

渡久地さんをよく知る年が近い先輩方から多くの逸話を教えてもらいましたが、言えない事の方が多いので言える範囲で紹介します。

そんな渡久地さんも金城監督だけには頭が上がらなかったそうで、金城監督への熱い信頼関係が伺えます。

負けず嫌いな渡久地さんは高校生の頃から金城監督の指導のもとボクシングで頭角をあらわしていました。

渡久地さんが高校3年生の頃に沖縄で開催された海邦国体の代表メンバーにも選ばれており、団体優勝に貢献されています。

その海邦国体の時の逸話ですが、後のバンタム級世界チャンピオンになる辰吉丈一郎と会場で出会い、一触即発の状態になったそうです。

 


さすが渡久地さん、規格外です。

高校卒業後は日大に進んだそうですが中退後プロの道へと進み、高校3年のインターハイ決勝で破れた川島選手に見事K.Oでリベンジを果たし、全日本新人王(MVP獲得)・A級トーナメント優勝(MVP獲得)日本プロスポーツ大賞・内閣総理大臣新人賞受賞と、そして9戦全K.O勝ちで日本チャンピオンに上り詰めノリに乗っていました。

そしてあのルックスですからね、女性ファンもとても多かったようですよ。

その後紆余曲折を経て数年後に日本タイトルを再度取った時の話ですが、相手選手の応援団が渡久地さんの判定勝ちに不満を爆発させやじを飛ばしている時に渡久地さんがリング上で

『気にいらないなら岡田にベルトやるよ!』

と相手の応援団にむかって叫んでいました。

命懸けでチャンピオンから奪い取ったベルトをそんな風に言える選手他にいますか?

ベルトという一つの形にとらわれない生き様が思わず口から出てしまったんでしょうね。

そんな気の強い渡久地さんも、金城監督の前ではとても穏やかな表情になると奥さん『清子さん』がよく話していました。

手のかかる子供ほど可愛いとよく言いますが

金城監督と奥さんにとっては渡久地さんがまさにそういう子供だったとよく話しています。

今は沖縄で療養中だそうですが、元気であれば金城監督も奥さんも喜ばれている事でしょう。

渡久地さんの逸話は本当にたくさんあるのでyoutube等で見てみてくださいね。

動画で見ると渡久地さんの更なる魅力が発見できるとおもいますよ!


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1 comment so far

10カウントは聞かない~カンムリワシを育てた男 金城眞吉 | オフィスK投稿日:7:04 pm - 4月 23, 2018

[…] それが渡久地隆人先輩、ことピューマ渡久地先輩でした。 […]

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